映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(2026)
- 伊吹洋

- 4月2日
- 読了時間: 8分
※以下の記事では、アンディー・ウィアーの小説『プロジェクト・ヘイル・メアリー』、およびその映画について、それなりに詳しく言及しています。
3月の最後のやや暖かい日に、梅田のステーションシネマで『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を観てきた。
変な感想だが、不思議と穏やかに観られる映画だったように思う。全体的にあんまり観客にストレスをかけないように作ってある映画だなという印象を受けた。高揚感もドキドキもあるけど、緊張させすぎない雰囲気だった。展開も豪速なので不安がずっと続かなくて、希望が必ず来てくれる。同じ宇宙もの(世界救う系)でも『インターステラー』とか『サンシャイン2057』とかは映像と音響で圧を感じてめっちゃ体力使うじゃないですか。今回も体力は使うけど、消化がしんどいというよりは、ジェットコースターに乗った後の爽快な疲労感に近い感覚だった。劇場の中の雰囲気もどことなくのんびりしていた。春休みの最終日だから多少混んでいるかと思ったけれど、平日の昼だったからか案外お客さんが少なく、おじいちゃんおばあちゃんも結構いて驚いた。隣のおじいちゃんは映画が大きく展開する場面で「おお」とか「ええ」とか小さく口に出ていて、いい人でよかった、と思った。
何がきっかけだったかもう忘れてしまったが、原作は2年ほど前に読んで「お、おもろ…」と感嘆し、当時周囲の人間に手当たり次第勧めた。めちゃめちゃ読みやすいというか、タイトルも「神頼み大作戦」だし、主人公の男の語りで進むし、いわゆる「俺またなんかやっちゃいました?」的なテンションがあり、ほとんどライトノベルくらいの気軽さで読み進められる、完成度が高すぎるエンタメ科学小説だと思う。読んでいると、一章ごとに驚かされ、面白さが増していき、じわじわと、作者の科学と人類に対する信頼に励まされる思いがする。
映画では、この小説の持っていた科学知識への丁寧な言及(手順を踏んで状況を把握し、改善するプロセスが非常に詳細に描かれている)はほぼほぼ省かれているといっていいと思う。私は原作のテンポ感で進むつもりで見始めたので、冒頭のスピード感にびっくりしてしまった。自分が目覚めた場所が地球じゃないことを重力から知る過程とか本当に好きだったので「そこも全部省くの?!」とびっくりしたけど、でもポスターとか予告見てたら絶対宇宙にいるってわかるから、わざわざそれを描く意味がないよな…と納得した。あと記憶障害で自分が誰なのか忘れているせいで「なぜ自分がこんな科学知識を知っているのかわからない」という主人公の感覚とかも本を読むとめっちゃ面白いのだけど(その設定であるからこそ、そして主人公の職業が中学教師であるからこそ、読者に説明をどれだけしても自然なのが天才)、映画ではそれを表現するより映像と展開のテンポの良さを優先していて、絶対それが正解だったよなとわかるので、全然嫌ではなかった。
というか、これ原作読んでない人たちはついていけるんですか?!?!?!と正直思うくらい、物語の展開は爆速だと思う。2クールもののドラマのダイジェストくらい速くなかったですか?!!! これを観て「科学者なのも重要な会議に出てたのもわかるけど、なんでこの男が選ばれたのか根拠が弱くない?」とか「こんな規模のプロジェクトやるにはそれなりに時間がかかるのでは? 間に合います??」とか、「何で同じくらいのレベルの文明を持った知的生命体ロッキーと出会えるんだよ、都合良すぎ」とか思った人は、正しいです。なぜならその辺の(SFのお作法みたいな)ことは原作に全て事細かに書かれているからです。そこが知りたかったらぜひ原作を訪ねてください。
映像にした時に面白くなる部分、動きであるとか、質感とか、主人公が着ているTシャツのネタとか(途中一回ミュージカル「キャッツ」のTシャツ着てた、なぜ?)、音とか、そういうものに全振りしているのが意志を感じてとてもよかった。映像は結構ぐるぐる回るので、観た後ちょっと平衡感覚失ってクラクラした。
それにしても、ロッキー(エリディアン)の動きは(恐ろしく巨大な主語を使うが)「アメリカ人」的でちょっと笑ってしまった。ロッキーがこちらの感覚と同じくらいの動きの速度だったり、人前でも堂々と振る舞うタイプじゃなかったら(「日本人」みたいに、身体や感情表現の形が主人公とかなり違うタイプだったら)こんなにとんとん拍子に行かなかったかも、と思わせる。というかまあ、「日本人」みたいな括りで語る必要はなくて、シンプルに「ロッキーがいい人でよかった」というだけかもしれないけど、原作を読んだ段階ではもう少し得体の知れない動きや反応をしている(そしてお互いにそれに適応していく)イメージだったので、わかりやすさにホッとするというか、観やすかった。手塚治虫『火の鳥』で育った身としてはそこが一番人間にとって(観客にとって)都合のいい解釈だな、と感じた。PIXERの冒頭のライトくんくらい受け入れやすい「人でないもの」の造形と振る舞いだった。
原作になかった部分も結構あって、何よりストラットの歌とロッキーの「お返し」(船の見学)は嬉しい驚きだった。ザンドラ・ヒュラーが演じるストラットの歌、なんか泣いちゃったな。今の情勢と同期している部分があったからかもしれない。私は原作のストラットが大好きだったし、今回の映画のストラットが理想を遥かに超えていて本当に最高だった。人の意思に反してあんなふうに片道切符の旅に送り出すのは明らかにヤバいし(殺人罪なのでは…)、批判され法で裁かれるべき人物だと思う。彼女はそれを全部引き受けたわけだ。あんな態度で。原作ではもうちょっと色々ちゃんと主人公と話す部分が多く、そこで人となりが理解できるのだけれど、映画だとかなりセリフが限られているところを役者さんの魅力で完璧に補填されているのにじんときた。ストラットのことを、役者さんも製作陣も嫌いじゃなくてありがとう、と思った。あと、原作を読むと、映画よりずっと色々な意味でグレースに対し「きみ、明らかにストラットの相棒で最も信頼されていて全部のバックアップ担当だろう、自覚なかったの? 覚悟も?」と思えなくもない。こんなこと言っちゃ本当にダメなのだが、あの後地球で起こったであろうありとあらゆる出来事に一切関与しないでよかったと思うと、まあ……無理にとは言わないが、いつかストラットを許してやってくれ……と思う。ビートルズが地球に帰還するまでの時間稼ぎ、到着してからの太陽復活プロジェクトの企画と実行、その後の社会の復興、これら全てにきっとストラットは関わって、責任をとったと思うから。そしてあなたに全面的に頼り意思を無視することそれ自体が、極めて厳格なストラットのすごく個人的で唯一の「甘え」であるようにも思うから。
改めて思い返すと、意思に反して連れてこられたのに能力を発揮して(結果オーライではあるが)親友と第二の人生を送るなんて、やっぱりほとんど異世界転生ファンタジーの筋書きなのだなと思う、流行るわけだし、面白いわけである。そして何よりこの映画、グレースを中心とした複数バディものだった。どのバディが好きでしたか?!?!と全員に聞いて回りたい。圧倒的にロッキーだとは思いますが、ストラットやカールとのやりとりも最高だった。映画の冒頭の、自分が何者かを思い出そうとしている場面で「カール? うろ覚え…」みたいな表記があったような気がして、グッと来てしまう。ライアン・ゴズリングの顔の中学教師であんな感じの男にこれまで「親友」(注:伊吹的価値観では人間関係の「頂点」の関係性)がいないなんて嘘じゃない?と思うが、多分本人の側からは親しい相手に必要以上に踏み込んでいなくて(もしくはそこまで「愛されて」いる自覚や、確信がなくて)、そこが相手からするともどかしい部分でもあり、ストラットからも「臆病」と看破されていた部分なんじゃないのかなあと思ったりした。罪深い男だ……。そういう意味で宇宙空間で僕と君しか頼れるものがいない、という設定は「ずる」じゃんよ、と思う。人は、いて欲しい時にいてくれた人は好きになるんですよ。相手にとってもそれが自分しかいないと確信できる状況なんて、日常にはそうそう転がっていないのだから。
全体として見て非常に面白かった。でも同じ原作者の映画『オデッセイ』を期待するとちょっと違うかも、と思う。こう思うと『オデッセイ』は、科学と人類の知性による問題の解決をかなり原作に忠実に描いていたのだな、としみじみした。お仕事映画的側面もあったし。確かに『オデッセイ』も主人公は面白かったけどずっと一人の作業ではあったので、今回『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を映像化にするにあたってバディの魅力に全振りしたのは映画の作り方として納得した。いい映画化だった。これをたくさんの人が見て、洋画と海外小説がもっと流行ってくれ〜〜〜と願う。
と、いうことで、この映画が好きだった人には2016年のミステリー・クライム・スリラー・アクション・コメディー映画、『ナイスガイズ!』をお勧めします!!!!!(そうなの???!!) ライアン・ゴズリングがカッコつけては失敗するがどこか愛らしいシングルファザーの探偵をやっています。そりゃ示談屋で同じ事件に巻き込まれてバディとして動くことになるラッセル・クロウも惚れちゃうってもんですよ。あとなんか、普通にスターウォーズのシリーズとかもいいんじゃないでしょうか、特に『ローグ・ワン』とか。もはや『パシフィック・リム』の一作目とか、『MIB(メンインブラック)』シリーズとか、『マッドマックス 怒りのデスロード』とか、『ホット・ファズ! 俺たちスーパーポリスメン』とかもお好きかもしれない、作り手のやりたいことと世界観の作り込みがしっかりしていて映像が見やすく、ある種のバディもので勢いがいい映画です(これに乗じて伊吹が好きな映画をただ並べているだけではありませんからね!!!!!)。プロヘメを観てよかったから他の宇宙SF映画を見てみるも「なんかそういうことじゃなかった」と思った方はもしよかったら試してみてください。

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